オーディオにおける交互作用の話 -良い物と良い物の組み合わせで悪くなる?-

<長い前置き>
オーディオアンプの他の方の作り方、あるいは弊社アンプにいただくご意見の中でもそうなのですが、???と思う事があります。
よくアンプの設計・製作過程において、試聴で回路や部品を吟味したとか、試聴で作りこんだというような事をい人がいるのですが、本当にそういうことをやっているのか(できるのか)疑問に思うのです。なぜなら、
1.回路を少し変えたぐらいで音質上簡単に判別が付くほど変化があるのか?
2.回路あるいは部品を単純に変更すると、結果として過度応答特性等が変わってくる場合があるが、位相補正などを再調整しているのか?
3.音質に有意差があったとして、試聴システムに依存しないでどちらかの方が良いといえるのか?
という事です。
アンプの音質というのはもちろん貧弱なアンプと立派なアンプを試聴すれば差は歴然ですが、そこそこ出来上がったアンプでごく一部を変更しても、試聴しても簡単には判別付かないくらいのレベルです。大体、試聴比較するときにケーブルを付け替えているようではまったくわからないのではないでしょうか? 弊社はまずアンプの音質比較のために、納得いくセレクターをつくり(売ってもいるが)瞬時比較に使用していますが、この様にするとなおさら差が小さい事を思い知らされるのが常です。
 「それではアンプの音質にそもそもあまり違いが無いということではないのか?」と聞かれれば、やはりそれも違うのです。アンプにはいろいろといじるところがあり、一つ一つは非常に小さい影響でも、それを10個も積み上げれば結果として結構な差になってきます。
もう一つは試聴の結果が信頼できるかという問題です。例えば部品Aよりも部品Bの方が好ましかったとして、再生系のスピーカーを代えれば逆転する可能性もあると思います。例えば、比較的柔らかな音を出しやすいソフトドーム系のSPとカチッとした音が得意なホーン型SPでは好ましいアンプの部品の判定も逆転する可能性があると考えるのが当然です。

もちろん、試聴結果が重要でないといっているわけではなく、最終的に試聴した音質が最良とするためにはどうしたらよいかというアプローチに試聴結果に頼るだけでは不十分だと言いたいのです。

<音質向上のための工学的アプローチ>
前置きが長くなりましたが、もう少し別の切り口でこの問題を取り上げてみましょう。

音質評価は人間の官能評価ですが、統計学的には適当な手法で数値化することもできます。たとえば個人でいくつかの項目で5段階評価をつけて総合点をつけるとか、複数の人に試聴してもらい良いとした人の割合を使用するとかです。

ここであるアンプAとBを試聴してBの方が良かったとします。またあるスピーカー1と2を試聴して2の方が良かったとします。それではアンプBとスピーカー2の組み合わせが最もよいかというと、そうではない場合もあると思います。統計学的にいうとこの現象を交互作用があるといいます。

別の表現をして見ましょう。下の図はアンプとスピーカーの評価結果を表しています。X軸がアンプの種類(図ではアンプの評価点数とした)、Y軸がスピーカーの種類(図ではスピーカーの評価点数とした)です。そしてZ軸(縦軸)が組み合わせた音質の評価結果です。この図では単純にアンプとスピーカの評価点数の足し算で音質評価の総合点数が決まっています。これらの関係を式で表すとこうなります。

音質評価の点数=アンプの点数+スピーカーの点数

総合点がアンプとスピーカーの良さに比例するというごく当たり前の式ですね。

一方次の図はいいアンプといいスピーカーを組み合わせた場合に音質が悪くなる例を示しています。これを統計学では交互作用があるといいます。数式で言うと、

音質評価の点数=アンプの点数+スピーカーの点数+(アンプの点数*スピーカーの点数)
と表されます。
右辺第3項にアンプとスピーカーの交互作用(組み合わせたときの効果)の項が付け足されている点が異なります。

図ではその交互作用の項がマイナスの場合を示しています。グラフで本来なら一番音がいいはずの(いいものといいものを組み合わせた)右上の方が逆に点数が悪くなってしまっています。こういう現象はより一般的な工業製品の評価においてもよくあることで、こういった効果を考慮しながら最適化を計る「実験計画法」なる手法があるくらいで(これだけで1冊の本が書ける)、工学を学んだ人にとっては当たり前の事です。

したがって(できる)エンジニアであれば数値化まではしないまでも常に頭の中にこういう構図をぼんやり描いていて、何がどのくらい効いているかおよその感覚はもっているのが普通です(ほんと?)。

話は戻ってこの部品はいい音がするとか、この材料を使用したら音が良くなった(と判断したから)といって、それをアンプの一般に通用すると単順に考えるのは危険です。
例えて言えば、ある車の走行性能がいいからといってそのサスペンションの部品一つを取り出して他の車に装着したからと言って、その車の性能が上がる訳が無いのと同じです。
音質が良くなった場合は、それは何故か(音質が良くなった様に聞こえるのは何故か)を考え(仮説をたて)、その仮説に基づいてさらに音質が良くなるはずの回路なり部品を選択してアンプを作り、仮説が正しいかどうかを検証するという作業が必要だと思います。そういった地道な技術と努力の積み重ねが出来上がったアンプの音質を左右すると考えています。

例えば弊社のプリアンプやパワーアンプに対して時々、「xx回路は良くない」とか「yy部品の音は良くない」とかいう方がいらっしゃるのですが、その様な次元で作っていないのになーと内心思ってしまいます。

とはいえ、すべての部品、回路の検討を吟味しつくした訳ではなく、とりあえずオーディオ用として良いとされている部品を使用している箇所もありますが・・・。

最後に、お客様からいただく音質に関する感想(デザインなどに対するご意見も含めて)などは非常にありがたく、また参考にさせて頂いておりますので、誤解の無い様にお願いします。

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