0.00003%の超低歪率を謳うバッファアンプLME49600、歪率は0.7%でした、アチャー

ナショナルセミコンダクター(今はTIグループ)のLME49600という型番のバッファアンプがあります。バッファアンプと言うのはゲインを持たないアンプの事で、インピーダンスの小さい負荷を駆動する際に出力段に挿入します。最近ではヘッドホンアンプの出力段によく使われています。

このLME49600の歪率の公称スペックが0.00003%ともの凄く、このデバイスを使用したアンプはたいていこの数値を出して自慢しているのを目にします。歪率を測定慣れしている人間からするとものすごい値で、いったいどんな回路なのかと思っていました。

データスペックに掲載されている回路図を見るとインバーテッド・SEPP出力段といえる回路で、通常のSEPP回路に較べて優れていはいるものの、無歪になるような回路ではありません。また、回路構成がB級駆動になる回路でアイドリング電流が小さいことも気になります。
データシートをよくよく読んでみると、後ろの方に上記の歪率はOPアンプと組み合わせた時の測定データだと描いてあります。OPアンプと組み合わせると歪率は1/100から1/1000にはなるのが当たりまえなので、その時の歪率の値を使用するのは、そもそも非常におかしな話です。データシートはデバイスそのものの特性を知るためにあるので、デバイス単体のTHDデータを出すのが普通です。

LME49600のデータシートに出ている全高調波歪率(THD+N)特性
(実はOPアンプ+トータルNFBでTHDを極限まで小さくした時のデータ)

LME49600単体で実際に測定した時のTHD+Nデータ(縦軸のスケールが上のグラフとは100倍違うので注意してください。)
横軸の単位が違いますが。0.1Wが1.8V、0.3Wが3.1Vなので実際にはほぼ同じあたりを見ています。

歪み成分の波形
歪み成分は3倍の高調波成分が主で、素直でした。

実際には1%前後の歪率なのに、その1万分の1以下のデータだけを示すのはどうかと思います。
そもそも0.00003%なんていう値は普通には計測できません。ちなみに所有している高調波歪率計の残留ひずみ率(測定限界)が0.0004%で、上記スペックの10倍でした。最近は歪率が100倍になる回路で計測しておいて、表記するときは実測値の1/100に計算するなんていうトリッキーな方法が多くなっていますので、測定データ自体がだんだん怪しくなっているのです。

LME49600と同等の出力段を個別素子で作るとデバイス10個ぐらいを基板に並べなければいけないので結構大変です。そういう意味ではこの素子は便利な素子です。ただその性能は格段に優れているというわけではなく普通です。

「かあさん、オレオレ・・・」今どきこれに引っかかる人はまずいない。

「お兄さん、いい子いますよ」これも大丈夫だろう。

「0.00003%のLME49600を使用したxxアンプ」皆さんはこれ大丈夫ですか?

というお話でした。

追伸

テキサス・インスツルメンツ(TI)さんの半導体デバイスは一般にデバイスの性能がいいだけではなく、データシートも非常に詳しくてわかりやすく、かつ各種サポートが充実しているので、私は普段から好んでこのメーカーのデバイスを使用しています。
このトピックはそういったTIさんへの信頼を裏切るものではありません。
あくまでひとつの話のネタとして読んで頂ければ幸いです。

コメントを残す