パワーアンプ出力段に関する考察(2) -エミッタ抵抗を取れば特性は良くなるか?-

前コラムでパワーアンプから大電流が流れた場合エミッタ抵抗に発生する電圧降下によってバイアス電圧が消費され、トラジスタがカットオフしてしまうということをお話しました。 それではこの悪さをするエミッタを無くしてしまえばいいのでは?とは誰しも考えるところです。そもそもエミッタ抵抗は何故入れてあるのでしょうか?

エミッタ抵抗の役割

標準的SEPP出力段

標準的SEPP出力段

このエミッタ抵抗の役目はトランジスタの熱暴走防止です。トランジスタは一度温まるとより電流が流れやすくなるという性質をもっていて、このサイクルが繰り返して温度が限りなく上昇してしまうのです。これを熱暴走といいます。エミッタ抵抗は、トランジスタに電流が流れた際に入力電圧を打ち消す方向に電圧が発生するので、このエミッタ抵抗一本で負帰還をかけているのです。このエミッタ抵抗Reに必要な値の計算方法は

Re>Θjc・Vc/500

から求まります。ここでΘjcはトランジスタ熱抵抗(℃/W)で通常1(℃/W)程度です。Vcは電源電圧50V程度ですのでReは0.1Ω以上必要なことがわかります。またこの式は温度補償素子をトランジスタに直接熱結合させた場合で、放熱器に温度補償素子を固定した場合は、放熱器の熱抵抗も考慮する必要があります。実際には0.2Ωから0.5Ω位の抵抗を付けるのが普通です。

エミッタ抵抗レスで熱暴走を抑止できていると思えるアンプが無い これまで、エミッタ抵抗レスをうたった市販パワーアンプは私が知る限り2例ありましたが、驚くべきことに、そのいづれもが回路図を見る限り、熱暴走に対する対策が必ずしも充分では無く、熱暴走する可能性のあるものでした。先に述べた式は熱暴走を起こさない必要充分条件であって、上式を逸脱していても、熱暴走が必ず起こるとは限らないので、通常の使用ではひょっとすると問題ないのかもしれません。

エミッタ抵抗レスのSEPP出力段

エミッタ抵抗レスのSEPP出力段

少し話はそれましたが、このエミッタ抵抗が無くても熱的に安定な回路を新たに考案し(これは非常に苦労して考案しました)、SEPP出力段の歪率特性を計測してみました。

エミッタ抵抗を除去しても歪率は改善されない 驚いたことに、歪率は少し改善されたものの、スイッチング現象は解消されず、歪率も少し低下した程度でした。何故かというとパワートランジスタそのものにも抵抗成分があるので、外付けのエミッタ抵抗を無くしても、総合的には改善されなかったのだと思います。 トランジスタの内部では100ミクロンれべるの細いAuワイヤで配線されていることと、内部配線の抵抗が小さいとしても。トランジスタそのものが動作点で0.数Ωの抵抗があるので(Ic対Vbeの傾きという意味で)、エミッタ抵抗を無くしてもスイッチング現象が消滅しなかったのだと思います。もちろんある程度の改善(最大でも半減程度)はするとは思いますが、本質的な対策にはなりえなかったのです。

エミッタ抵抗の代わりに電流センサーを使用するのはまったく無意味 さらに、あるメーカーのパワーアンプでエミッタ抵抗の代わりに電流センサーを使用してエミッタ抵抗をなくして特性を改善したと主張する物がありますが、これはまったく無意味です。 SEPP-Re0-1 電流センサーを使用してエミッタ抵抗による電圧降下をなくしても、同じ熱安定性を得るためには別途バイアス電圧をエミッタ電流に比例して降下させる回路を組む必要があるからです。このバイアス電圧降下回路を組まなければ熱暴走の危険性がありますし、バイアス電圧降下回路を組んでいるとすれば、抵抗1本ですむものをわざわざ複雑にしているだけで意味がありません。 というわけで、パワーアンプの出力段のスイッチング現象による特性悪化に関する試みは多いのですが、的を得ていないと思われるレベルのものが多いなというのが私の印象です。

コメントを残す