半導体メーカーに勝手に送るエール

オーディオ雑誌に紹介される際に半導体のプロが作ったアンプとか言って紹介される事がありますが、私が以前していた仕事はメモリーなどの微細加工技術の開発で、オーディオアンプはもちろん電子回路とはまったく関係ありませんでした。ですのでアンプの知識などは業務としてではなく独学(趣味の延長)で習得してきました。もっとも電子工学を専攻したのは中高生の頃にステレオを作っていたからなので、オーディオの影響があった事は間違いありませんが。

ところで最近日本の半導体デバイスメーカーは非常に苦戦していますが、ニュースの記事などで報じられている原因はちょっと違うのではないかと思います。
、この辺にコメントさせて頂いて、同時にこの業界の人に勝手にエールを送りたいと思います。
(すでに半導体メーカーをやめて8年になりますので、ずれている点もあるかもしれませんがその点はご容赦下さい)

半導体メーカーが苦戦しているのは、もちろん
1. 世界的不況
2. 歴史的円高
3. 日本企業の経営者の質
にあることは間違いありません。ただ日本の半導体メーカーの苦戦に関してはこれ以外に本質的な理由があると思います。

それは
4. 開発した技術を囲い込みできなかった(その必要も無かった)こと
半導体を製造するのは半導体メーカーですが、それには半導体装置とそれに使用する材料(化学薬品、原料)が必要です。半導体デバイスの装置(装置メーカー)、材料(化学メーカー)は3,4年の世代毎に新しいものが開発されており、これらの最新装置・材料を使用すると、より高性能で安価なデバイスが作れるようになります。これらの装置、材料の開発は半導体メーカーと共同で行うので、本来であれば開発した装置・材料は関わった半導体メーカーも知財権を権利化したいところなのですが、特定の半導体メーカーが装置の特許に入ると装置メーカーが他の半導体メーカーに販売できなくなるのでこれを嫌って、装置の知財権は、装置メーカーだけが握っていました。半導体メーカーは最先端の装置を真っ先に納品してもらうというメリットを受けることで良しとしてきました。それで十分業界の優位性がとれたので、それはそれでよかったのです。少なくとも当時は。

もう一点、苦戦の理由は
5. 物理的に限界に来たので技術開発で優位性をとれなくなった
という点があると思います。

これまで半導体産業は超先端技術を開発してきてきました。これほど難しいことをやってのけてきた産業は他に類を見ないほどだと思います。
例えば微細加工技術で言えば30年前のメモリーの配線幅は3ミクロン程度でしたが現在では0.1-0.05ミクロン程度で1/50位になっています。1世代で0.7倍の縮小化を3,4年毎にこれまで続けてきたのです。
この分野では常に革新的な技術開発がされ、
例えば露光波長でいえば

1.水銀灯g線(436nm)
2.水銀灯i線(365nm)
3.エキシマレーザー(クリプトン・フロライド・ガス)KrF(248nm)
4.エキシマレーザー(アルゴンフロライドガス)ArF(193nm)
5.エキシマレーザー F2(153nm)
6.EUV(13.5nm)

と進歩してきました。

3のレーザー光などは機械加工でも用いられるレーザーですが、レンズも材料が限られるためガラス材料から開発し、難しい収差補正もしなければなりません。さらにレジストと呼ばれる感光性化学材料も専用のものを業界を揚げて開発しました。鉄が切れるほどの短波長ですから透過する有機材料を探すだけでも至難の業でした。原理はプリント基板を作るのと同じですがプリント基板の配線数万分の1の配線幅を形成するためにウルトラC 級の技術がいくつも開発され続けてきたのです。
また波長だけでなく露光に用いるマスクもその振幅と位相を制御するなどして微細なパターンを作れるようにしてきたのです。

この辺の開発は「もうこれが限界だ」と思われてもいつもあれよあれよという間に新しい技術が現れて、進化を止めることは無かったのです。その最先端装置・材料を使用すればより高性能なデバイスができるので日本の半導体メーカーは技術的な(+経営的)優位性を持っていました。

ところが、いよいよもってつまづいたのが5のF2でこれが約10年前の出来事でした。それでも他の技術の進歩で微細化は進んで来たとは思いますが、ケチの付き始めはその辺でした。今ではひとつ飛んで6のEUVが研究されているのかもしれませんが、これは別名軟X線で一筋ならでは行かないのです。

微細化が行き詰まると、他のどちらかというと汎用デバイスを作ってきた半導体メーカーと作れるものの差がなくなってきてしまいます。台湾、韓国の方がコスト的にははるかに競争力がありますから、そうなってくると日本の半導体メーカーは非常に苦しくなってくると思います。もともと台湾、韓国(今では違うと思いますが)は自国で開発はせず、装置や材料を日本から買ってデバイスを作って来ました。(ちなみに装置メーカー・材料メーカーというのは台湾韓国にはありあせん。)ただ装置や材料があっても製造のノウハウが無いと作れないので、昔は日本の技術者をそっと呼んで何とかしてきたのだそうです。20年くらい前(相当の金額を積まれて)週末に海外に呼ばれていくエンジニアがいるという話はありました。
当時は日本がぶっちぎりだったのでそういった技術の流出にはだれも問題視しなかったのだと思います。

こうして見ると日本の半導体メーカーが苦しくなってきたのは、原理的にそうなるメカニズムがあり、いわば金鉱脈は掘り尽くしてしまったと見ることもできます。今考えればあの時こうしておけばという事は言えますが、当時そんなことはわかるわけがありませんし、わかっても対応の取れる人材(経営者)はいませんでした。
今となっては何十年間も産業として成り立ってきたことに感謝するべきなのかもしれません。

そうはいっても半導体産業がなくなるわけではないのでやり方によっては儲かるようになるかもしれません。
日本のメーカー(メーカーにかぎらず)はこういった転換点にたった時、何もできないのは国技みたいなものなので、しばらくは苦戦すると思いますが、また形を変えてスタートラインにたてば、ぶっちぎりの強さを見せるようになるかもしれません。

会社が外資系になってかえって効率的に業務が進んでやりやすくなったりすこともあるでしょうし、またこの機会に転職された方は新しい分野できっと活躍されることと思いますし、
辞めたばかりの方はしばらくゆっくりされるのもいいと思います。
一度大企業に入ると、実際問題としては辞めることは非常に難しいのですが、今回辞められた方は一つの良い機会をもらったと見ることもできます。

ヨーイドンで何かを始めれば日本の企業は計り知れない強さを持っているので、また何らかの形でぶっちぎりの姿を見せてもらいたいと思っています。

半導体メーカーに勝手に送るエール」への2件のフィードバック

  1. おっしゃる通り他業種でも共通しているかとは思いますが、半導体の場合は特に顕著になる理由がありました、ということだと思います。
    オーディオ用部品がなくなったのは、これは単にビジネスとしての市場が無い(小さい)からだと思います。
    応援するには製品を買ってあげるのが一番だと思いますが、個人レベルでは焼け石に水だと思います。昔アメリカが苦境に陥った際は「Buy American」とかやってましたが、そこまで行けば(ある程度の規模になれば)大きいと思います。
    20年位前アメリカの半導体メーカーが苦しくなった時には、日本に20%はアメリカ製の半導体を買えといってきて、通産省の人が実際に20%買いなさいって回って来ましたけど・・・(日本の税金もらっている人がアメリカのために働いてました)。
    メールをするなら
    ・日銀に為替レートなんとかしろ
    ・経産省になんとかしろ
    だと思いますけど・・・。
    まあ残念ながら効果はないと思いますが、こういった意見が見当たらないのは変ですよね。
    メーカーに直接メールしたら、たとえ激励だとしてもかわいそうです(多忙になるだけ?)。
    むしろネットなどで好意的な(ホントの部分だけでいいんですけど)コメントをしてあげると、これはほんとに中の人に対して激励になると思います。
    あと長期の話になりますが、日本の高コスト構造を改善しないことにはどうにもならないので、少しでもそれができそうな政治家を選ぶとか(いないかな)。

  2. 今回のエントリ、半導体に限った話では無いように思います

    オーディオという市場が縮小しているためか、スイッチやボリュームなどの機構部品(電子部品)もオーディオスペックのものがほとんど無い状態かと。
    某社の真鍮製筐体のPotもバブル期に設計されたもので、今でも惰性で作っているような感じかと思います。(松下電子部品はPot生産から手を引きましたし)
    機構部品はA社が新製品を出すとすぐに新興国からコピー品が出てしまうという状況ではないかと思います。
    (半導体と違って初期投資が掛からないので劣化コピー品を容易に複製できますから)
    消費者の側からメーカを応援するにはその製品を買うという方法がありますが、電子部品メーカを応援となると株主になってみるか、広報部門なりにメールで激励するしかないように思います。
    どういった応援の仕方があると思われますか?

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