クラッシック・ブラボーの不思議 -オーディオより不可解な世界-

私のブログにはもっぱらオーディオ機器の事を書いていましたが、ためしにちょっとそれて音源、音楽の事を書いてみたいと思います。
実はクラシックのコンサートに行っていつも不思議に思う事があるのです。クラシックの作品は時空を越えてすばらしいのはもちろんですが(だから今でも演奏されている)、クラッシックの演奏会、あるいは業界というのは、正直言ってほんとはかなりおかしな世界ではないかと思うのです。オーディオ業界もおかしな世界ではありますが、ここでは自分達の事は棚に上げてクラッシック業界を無責任に批判してみたいと思います。
実は今までそおっと自分の中だけで思っていて口に出した事はないのですが、思い切って書いてしまいます(きっと反論がたくさん来ると思います…反論が来るほど見られていないか)。
断っておきますが、私は耳を初めとする五感(第6感もかなりあるほう)には自信がありますが、クラシックには疎いです。ベルリン交響楽団とベリリンフィルをまちがえて聴きに行くような人間ですので・・・・。

さて本題に戻ってクラッシックで不思議に思うのは次のような事です。

・クラシックでは音程をはずすような演奏でも「ブラボー」と言って賞賛される(実際に見たんです、というか聴いたんです)
・あらゆるクラシックの演奏で拍手が鳴り止まんばかりに続く(拍手喝采されないコンサートには出くわした事がない)
・クラッシックの演奏会ではでは実際に聴衆の席でどんな音で聴こえているかは考えてもらえてない。
・クラッシックで音が良いホールとされるサントリーホールの音は最悪に聴こえる。
・コンサート会場では本当は楽器の音は観客には届いていない。届いているのは反響音。
・音の良いコンサート会場で聴くとストラディバリも3万円のバイオリンも同じ音で聞き分けられない(ことがあった)。
・コンサートで聴く実際の演奏より、家で聴くCDの方が音がいい(と思う事がある)。
・クラシックのCDで、小編成のものを除いて交響曲などは音質の良いものが(なかなか見つから)ない。みんなOFFマイク過ぎる
・クラシックコンサートに来ている人は皆ご年配の方(か、音楽関係の子供?)
・クラシックの演奏会で大事な事は聴衆を感動させてやろうという気持ち(魂)で、演奏技術ではないのではないか?と素人ながら思わされてしまう事がままある。

以上の事象の影には実は共通の理由があると思っています。
この箇条書きだけだと「何だそれ?」で意味不明と思いますので何編かに分けて説明していきたいと思います。

まあ言葉を入れ替えると上記の事項はそのままオーディオ業界にも当てはまるところがあって、「人の振り見てわが身を直せ」なのかもしれませんが・・・・・・。

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