ちょっと意外な、パワーアンプの構成と音質について(その3)

今回はパワートランジスタを何個も同じ放熱器に取り付けた、いわゆる”大パワーアンプ”の音が何故悪いかもう少し詳しく述べてみたいと思います。

パワートランジスタを3個並列接続すると、アイドリング電流は約1/3になります。そうなるとパワートランジスタの動作領域の内部抵抗がちょうど3倍になります。その結果パワートランジスタを並列にした意味がなくなるのです。

一般にトランジスタのコレクタ電流は

Ic=Is{exp(K・Vbe)-1}

で表されます(下図参照)。

トランジスタのIc-Vbe特性

Is、Kは定数、Icはコレクタ電流、Vbeはベースエミッタ間電圧です。

動作点におけるトランジスタの内部抵抗Rmは

Rm=1/{d(Ic)/d(Vbe)}=1/{K・Is ・exp(K・Vbe)}=1/(K・Ic)

になります。

すなわち、コレクタ電流が半分になると、指数関数の特性から傾きも半分になるので、内部抵抗が2倍になります。

上図では1Aにおける傾きと0.5Aにおける傾きを示していますが、傾きがちょうど半分になっているのが直感的に分かると思います。

つまり抵抗を減らそうと並列接続してもまったく抵抗が低くならないのです。

実際の回路にはエミッタに0.5Ω程度の電流帰還抵抗が接続されていますので、その分は並列接続によって原理的には小さくなりますが、並列接続の場合はトランジスタのばらつきによる熱暴走を抑制するには(同じ安全マージンを確保するためには)エミッタ抵抗を大きくする必要があるので、結局この効果もほとんどありません。

内部抵抗がよくならないことに加えて、トランジスタの並列接続には

・配線長が長くなる
・コレクタ容量が比例して大きくなる
・NFBが安定してかからなくなるため高域のカットオフ周波数を低く取らざるを得ない
・高域のゲインが不足するため高域の歪率が悪化する

等のデメリットがあります。

メリットは、

大電流が流せる様になる。(1-2Ωの低負荷にも対応できる)事だけです(よくみる宣伝文句です)。

最近のオーディオ用に設計されたパワートランジスタは一つで15A流せるものものあります。15Aという値は8Ω負荷で900W、4Ω負荷でも450Wに相当しますので、最大電流の観点からもパワートランジスタを並列にする理由がありません。

一方、コレクタ損失の観点から考えても、同じ放熱器にパワートランジスタを3個並列にすると、放熱器の熱抵抗が3倍になりますので、取り出せるパワーは同じでまったく意味がありません。

というわけでパワートランジスタを並列接続する意味がまったく見出せないということを説明してきました。

まだもう少し書けることもありますが、それは次回に。

ちょっと意外な、パワーアンプの構成と音質について(その2)

今回は一見非力に見えるAアンプの方が何故音質がいいというのか、説明したいと思います。

なぜかというと、Bアンプではアイドリング電流を大きくできず、トランジスタの内部抵抗が大きい領域を使用せざるを得ないため、(見かけとは逆に)低音の量感、締りがないものになり、中高音も硬い音になるからです。

次にそれではもう少し定量的に説明しましょう。放熱器の放熱効率はこの大きさだと0.5/W程度です。無信号時の放熱器の温度上昇を20℃まで許容すると(これはかなり大きい場合です)、この放熱器では40Wの電力が使用限界です。Aではパワートランジスタ1個あたりの無信号時の消費電力20WBの場合は一個当たり6.8Wが限界です。電源電圧が5Vだとすると(150W級のパワーアンプの電源電圧)、Aの場合アイドリング電流は0.5ABの場合のアイドリング電流は約0.14A以下にする必要があります。

ここで見ていただきたいのは、実は大型パワートランジスタの0.14Aの付近の特性は非常に悪いことです。

大型パワートランジスタのIc-Vbe特性

この図はコレクタ損失150Wの比較的新しい設計のオーディオアンプ用パワートランジスタの特性です。パワートランジスタとしては最大級のもので、大出力パワーアンプにもよく用いられています。縦軸がコレクタ電流Ic、横軸がベースエミッタ間電圧Vbeです。パワーアンプは基本的に電圧増幅器ですので(負荷のインピーダンスが小さいので結果的に大電流が流れてパワーアンプとなる)、入力電圧に比例した出力電圧が発生し、それに比例した電流Icが流れます。IcVbeの傾きがスピーカー側から見たアンプの内部インピーダンスRmになります(厳密には違うのですが)。実際にはNFBがかかりますので、NFBの分だけ出力インピーダンスは下がりますが、基本的にはRmに比例(傾きに反比例)することになります。このパワートランジスタの場合1A以上で傾きが大きく、したがってRmが小さく(50mΩ位)になりますがが、アイドリング電流0.14A付近では傾きがかなり寝ているのが分かると思います。Bタイプのアンプは特に小信号時にこの傾きの小さい領域を使わざるを得ないのです。NFBがかかればダンピングファクターは最大数十くらいにはなるのでそこそこの音は出ますが、低音の量感、締まりは(見かけによらず)期待できないのです。

アイドリング電流が小さいことによる弊害はそれだけではありません。

· 小音量時のダンピングファクターが数十倍になる。(小音量時ほど音質が悪い)

· 歪が多くなる

· 電源スイッチを入れても時間がたたないと音質がよくならない

· (それどころか本当は時間がたってもそこそこの音にしかならない)

· 中高音が硬く感じられる

などの現象が発生します。アンプの教科書にはアイドリング電流は50A程度が最適と書いてあったりしますが、実際歪率を測定してみるとやはりアイドリング電流を大きくした方が特に小信号時の高域の歪率が下がりますし、アイドリング電流が小さいアンプの音は音が硬く,聞けたものではありません。

一方Aタイプのアンプの方はやや小さめのパワートランジスタ(小さ目といっても昔のパワートランジスタ並)を使用しています。

中大型パワートランジスタのIc-Vbe特性

このAタイプのパワーアンプの場合アイドリング電流が0.5Aまで設定できますので、ほぼ直線領域から使用していますので、小音量時でも内部抵抗が最小の部分で動作させていることになります。こういった設計をしたアンプの音質はBタイプとは逆に

· 小音量時でもダンピングファクターが一定である。(小音量時でも音質は変わらない)

· 特に低音の量感・締りが非常に良い

· 特に小音量時の歪率特性が良くなる

· 電源スイッチを入れた瞬間からいい音(時間がたっても音質は変わらない)

· 弦楽器などで中高音の柔らかさがよく表現される

といった特徴があります。

Bタイプのアンプ本質的に何故悪いか次回にもっと詳しく説明させていただきます。

(ほんとうは恐ろしい)実装状態でのアンプの歪率特性

アンプの実装状態での歪率をチェックしてみよう
一般にトランジスタアンプの高調波歪率は0.0x%から0.00x%程度で、音質には必ずしも影響しないと考えられていますが、実際には恐ろしいことが起こっています。アンプの実際の使用状態での歪率特性が1桁以上悪化していることがあるのです。

信号源インピーダンスの影響
実装状態でアンプ歪率に大きな影響を与えるのは信号源のインピーダンスです。下図を見てください。右側がプリアンプ、左側がCDなどの信号源と考えていただければ結構です。信号源とプリアンプの間にはVRが入り、電気信号を分圧してプリアンプに入力します。分圧するだけならいいのですが、同時にVRの直列抵抗のために、等価的に信号源とアンプを接続するインピーダンスが上昇します。
例えば100KΩのVRを接続して半分の音量に絞った場合50KΩの抵抗が直列に接続されたことと同じになります。
amp-comp-cir.jpg

この様な状態での歪率特性を調べるために、信号源に直列に抵抗を接続した状態で測定してみたのが次のグラフです。左がオーディオデザイン社のディスクリートアンプ、右側が代表的なOPアンプ5532の歪率特性を信号源インピーダンスを変えて調べたものです。

ampdistcomprs2.gif

信号源インピーダンスが小さい場合(600Ω)には教科書に出て来る様な歪率特性です。高域においてディスクリートアンプの方が優れていることがわかります(もちろんディスクリートアンプであればすべて性能がいいという事ではありません)。しかしながらその差は少しでOPアンプでも十分実用に耐えると考えられます。
ところが信号源インピーダンスが大きくなると(入力にVRを挿入し絞った場合に相当)、事情は一変します。Rs=4.7KΩの場合、OPアンプでは10KHzの歪率がかなり大きくなります。ディスクリートアンプでも若干10KHzが悪化しています。Rs=48KΩではさらに状況はひどくなります。OPアンプではなんと10KHzの歪率は0.1%に上昇します。これは明らかに音質に影響するでしょう。音が割れるまではいきませんが、高音域がきつく感じられ、全体的に堅い音になると思います。ディスクリートアンプではそこまで悪くなりませんが、やはり多少悪化しています。
信号源インピーダンスが大きくなった場合に歪率が悪化する理由はアンプ初段のFET(Tr)の入力容量の非線形性によるものです。信号源インピーダンスが-側の入力インピーダンス(この場合1K//4.7K=825Ω)に等しい時に歪率が最も小さくなるといわれています。
信号源がCDでアンプがプリアンプの場合もそうですし、プリアンプが信号源でパワーアンプの入力部にVR(アテニュエーター)がついている場合にもこの状況はあてはまります。
よくVRを入れると(音量を絞ると)音質が変わるという方がいますが、その原因はVRそのものの品質ではなく、実はこういったアンプ回路にかかわる問題であることも多いのではないでしょうか?(ほとんどの場合VRのせいにされていますが・・・)
通常アンプの歪率特性はVRを最大にして測定するので、こういった影響は見えてきませんが、実用状態では必ずしも特性が良くない場合があるということに注意すべきでしょう。
また、この信号源インピーダンス依存性をなくす方法は別途紹介したいと思います。